プレスリリース

フェノールを含む廃水の処理の成否を左右する微生物群を特定

リリース発行企業:国立研究開発法人産業技術総合研究所

情報提供:

・生物毒性物質であるフェノールの分解処理に関するエンジニアリングデータを取得 ・フェノール廃水の分解に関与する微生物群を特定、さらにバルキング現象の原因となる未知微生物を推定 ・フェノールなどの有害物質を含む産業廃水を処理する設備の安定管理へ貢献



概 要


国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門 微生物生態工学研究グループ 黒田 恭平 主任研究員、成廣 隆 研究グループ長らと、独立行政法人 国立高等専門学校機構 鹿児島工業高等専門学校 都市環境デザイン工学科 山田 真義 教授、山内 正仁 教授は、酸素のない環境(以下「嫌気性環境」という)で、廃水に含まれるフェノールの分解に関与している微生物群を特定し、分解経路を推定しました。さらに、廃水処理反応器の運転温度が変化すると、汚泥顆粒が肥大化し反応器外へ流出するバルキング現象が発生することを確認し、その原因となる微生物を推定しました。

ひとたびバルキング現象が発生すると、廃水処理反応器内の汚泥顆粒を新しいものに入れ替える必要があり、製造工場全体へ影響を与えることから重大な問題となっていますが、その原因は完全に解明されていません。また、嫌気性廃水処理におけるバルキング現象の知見は、製糖工場廃水などに限られています。産業廃水で広く用いられる嫌気性廃水処理法の適切な運転管理のために、解析対象とする廃水種を拡大し、知見を蓄積する必要がありました。

この研究では、生物毒性を有する芳香族化合物であるフェノールを高濃度で含む廃水を対象として、約7.5年間の長期的な連続処理実験により、微生物群を詳細に解析しました。その結果、フェノールの分解産物からメタンを生成するメタン生成アーキアと共生あるいは寄生する未知微生物が、バルキング現象に関与していることを推定しました。

なお、この技術の詳細は、2024年2月6日に国際水協会(International Water Association)の国際学術誌「Water Research」に掲載されました。

下線部は【用語解説】参照

※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
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正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240213_2/pr20240213_2.html)をご覧ください。

開発の社会的背景


フェノールは生物毒性物質であり、石炭ガス化、石油精製、フェノール樹脂製造など幅広い産業からの廃水に広い濃度範囲で含まれます。廃水の処理においては、フェノールが低濃度(数十~数百mg/L)の場合は有機物の分解に酸素供給を必要とする活性汚泥法などの生物処理技術が用いられ、高濃度(数千mg/L以上)の場合は物理化学的処理法が用いられます。活性汚泥法は物理化学的処理よりも安価なため、工場全体から排出される他の廃水と混合されて廃水量が多くなる場合に用いられています。しかし、活性汚泥法などの好気性処理は、フェノールの微生物への毒性作用が原因で処理可能な濃度の上限が低いことから、フェノール濃度を低減させるために希釈が必要となります。加えて、処理槽内を好気性に保つために空気をポンプで供給する際に、大量のエネルギーを必要とすることが問題となっていました。一方、嫌気性廃水処理法は、メタンガス生成による創エネルギーが可能で、一般的に活性汚泥法と比較して高濃度の有機性廃水の処理に適しており、処理プロセスの管理も比較的容易であるため、活性汚泥法の課題を解決可能な技術として注目されています。

しかし、フェノールによる嫌気性微生物への長期的影響などに関するエンジニアリングデータ(廃水の処理性能やメタン生成の速度、許容フェノール濃度など)とそれに伴う詳細な微生物学的な知見が少ないことから、処理の成否にかかわる微生物群の特定が求められていました。また、処理効率の安定化に向け、製造工場全体に影響を与えるバルキング現象の原因解明も必要とされていました。

研究の経緯


産総研は、内閣府のバイオ戦略が推進する2030年のバイオエコノミー社会の実現のため、素材の開発と高機能化・製造・分解性評価・廃水処理といった一連の研究を組み合わせた「循環型社会を目指した生物資源利用技術」の社会実装を目指しています。

これまでに、生物学的廃水処理の主役である微生物の機能に着目し、フェノールと同じく芳香族環を有するテレフタル酸やテレフタル酸ジメチルを含むペットボトル原料製造廃水の効率的な処理技術の開発(「ペットボトル原料製造過程における難分解性廃水の効率的な処理に成功」 2022年5月13日 産総研プレス発表)[1]や、酸素のない嫌気的な環境においてテレフタル酸ジメチルなどの分解を担う微生物とその分解酵素遺伝子の特定(「PET関連物質を酸素の無い環境で分解する微生物を発見」 2022年7月11日 産総研プレス発表)[2]といった研究開発を推進してきました。また、廃水処理プロセスに共通して存在する微生物の寄生性や捕食性に関与する生物機能をゲノムレベルで明らかにしました(「廃水処理に利用される活性汚泥プロセスに共通する微生物群を特定」 2023年9月5日 産総研プレス発表)[3]。これらの研究成果を通し、廃水に含まれる主要成分を分解する微生物の特定、ゲノム情報解析による分解経路の推定、分解微生物の増殖に影響を及ぼす環境条件や寄生・捕食といった生物間相互作用の解明が、効率的な廃水処理技術の開発において重要な研究要素であることを示してきました。

今回の研究では、より安定的な処理技術の確立が求められているフェノール含有廃水を対象とし、信頼できるエンジニアリングデータ取得のため、上昇流嫌気性スラッジブランケット(以下「UASB」という)反応器を用いて、約7.5年間のフェノール廃水の連続処理実験を行いました。これにより、安定的に処理できるフェノールの許容濃度や単位容積あたり1日に処理する有機物量(有機物容積負荷)の性能を評価しました。また、UASB反応器の運転温度が変化すると、廃水処理の性能悪化の原因の一つであるバルキング現象が生じることを明らかにしました。さらに、詳細な微生物解析により、少なくとも四つの「目」と六つの「科」にまたがる19種のバクテリアがフェノールを分解し、DPANN群に属する未知微生物が上述のバルキング現象に関与していると推定しました。

なお、本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業「研究活動スタート支援(JP16H07403)」(2016年度~2017年度)および「基盤研究(B)(一般)(JP21H01471)」(2021年度~2024年度)の支援を受けて実施しています。

[1]https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2022/pr20220513/pr20220513.html
[2]https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2022/pr20220711/pr20220711.html
[3]https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2023/pr20230905_2/pr20230905_2.html

研究の内容


本研究では、異なる14の運転条件において、廃水のフェノール濃度を260~1,680 mg/Lに段階的に変化させ、UASB反応器の温度を中温(平均35~37 ℃)と無加温13~38 ℃の条件(平均25 ℃)で運転した場合のエンジニアリングデータを7.5年間かけて取得しました(図1)。フェノール分解の最終中間産物である酢酸の分解を担うメタン生成アーキアの活性化のため、UASB反応器の運転初期(図1のS)の約150日間に酢酸を添加したところ、毒性物質であるフェノール濃度の70~80%程度を低減でき、フェノールが存在する環境下での微生物叢(そう)の馴養(じゅんよう)に成功しました。

その後は酢酸の添加を止め、フェノール濃度を段階的に上昇させてUASB反応器が許容可能なフェノール濃度を評価しました。また、省エネルギー型の処理システム構築に向けて、加温の有無におけるUASB反応器の処理効率への影響も評価しました。具体的には、中温35 ℃(図1の1~4、約1,420日)、無加温13~38 ℃(平均25℃、図1の5~6、約600日)、中温37 ℃(図1の7~14、約480日)の順に温度を変化させました。その結果、中温条件(図1の4と7)において高いフェノール除去速度(6 kgCOD/m3/day以上)を示しました。この要因として、既知の中温性フェノール分解細菌の至適生育温度が30~37 ℃であることが挙げられ、無加温条件では至適生育温度外である冬季においてフェノール除去速度が低下したことが影響したと考えられます。無加温条件から中温条件へUASB反応器の温度を変化させたところ、図1の運転条件7の後期に突発的なバルキング現象が発生し、通常は直径数mmの汚泥顆粒が2~3 cmまで肥大化し、反応器外へ流出しました(図1右)。バルキング現象発生後、廃水中のフェノール濃度を低下させたり、肥大化した汚泥顆粒を分散させたりするなどの処置を行いましたが、有機物の除去速度は回復せず、低い値で推移しました(図1の8以降)。本研究のUASB反応器では、35 ℃で1,420日間の運転を行ったにもかかわらずバルキング現象が発生せず(図1の1~4)、無加温(図1の5~6)から37 ℃の加温条件(図1の7)に変更して比較的短期間の130日程度でバルキング現象が発生しました。さらにこの間の中温35 ℃の後期(図1の4)からバルキング発生時(図1の7)まで有機物容積負荷に大きな差はありませんでした。これまで、有機物濃度や有機物容積負荷の突発的な変化が嫌気性条件下におけるバルキング現象発生の原因として知られていましたが、本研究により、急激な温度変化が汚泥顆粒の肥大化やそれに伴う浮上・流出の引き金になることを新たに推定しました。



フェノールの分解機構を明らかにするために、ショットガンメタゲノム解析を行った結果、フェノール分解には二つの異なる分解経路とその後の共通する分解経路が存在し、四つの「目」と六つの「科」にまたがる19種のバクテリアがその分解を担っていることがわかりました(図2上段)。また、バルキング現象の発生前と発生時の微生物叢を解析し、DPANN群に属する未知微生物がバルキング現象発生前(図1の4)には不検出だったのが、無加温運転時に微生物叢全体の4.9%まで増加し(図1の6)、バルキング発生時には微生物叢全体の10%以上に増殖していることを確認しました(図1の8)。さらにこの微生物は反応器外へ流出した肥大汚泥顆粒や反応器内で浮上した肥大汚泥顆粒に多く存在しており、1,800種以上検出された微生物叢全体のうち2~8番目に多く検出されました。この時、未知微生物は、フェノールの分解に関与する上述したバクテリアやメタン生成アーキアと有意な相関を示しました。ゲノム解析の結果、未知微生物のゲノムサイズは60万塩基程度と非常に小さく、大腸菌ゲノムの8分の1程度でした。

この未知微生物は、基本的な生合成経路を欠いているため、他者と共生もしくは他者に寄生することで生育すると推定できます(図2下段)。DPANN群の微生物はバクテリアではなく、アーキアを宿主として共生もしくは寄生することが報告されています。本研究で解析した微生物叢で優占するアーキアはメタン生成アーキアのみであるため、未知微生物の宿主はメタン生成アーキアであると示唆されました。寄生初期において、DPANN群の微生物は宿主が作り出した代謝物を利用して生育する片利共生作用を示す一方で、宿主の増殖阻害を引き起こす寄生性をもつことが知られていますが、その阻害作用機構についてはよくわかっていませんでした。宿主と推定されるメタン生成アーキアとその寄生菌であるDPANN群の存在量との間に相関があったことから、メタン生成アーキアの生育とともにその代謝物を利用するDPANN群の生育も維持されるものの、急激な温度変化といった環境要因によって何らかの寄生作用が優位となってメタン生成アーキアの生育を阻害し、バルキング現象を引き起こしていると示唆されました。

DPANN群の未知微生物がフェノールの分解に関与する微生物群と相関し、メタン生成アーキアに寄生して生育する可能性を考慮すると、本バルキング現象は未知微生物がメタン生成アーキアの増殖を阻害して微生物叢全体の相互依存性に影響を与えた結果であると推定できます。



本研究は、フェノール含有廃水の嫌気性処理において、フェノールの分解機構や分解に関与する微生物を明らかにし、DPANN群に属する未知微生物がバルキング現象の原因であることを提案しました。

嫌気性廃水処理におけるバルキング現象は、製糖工場廃水だけに限らずフェノールを含む廃水やプラスチック原料製造廃水などの芳香族化合物を含有する廃水でも発生することがわかっていました。しかし、バルキング現象は研究室レベルの実験では再現が難しく、実規模の廃水処理設備ではエンジニアリングデータと合わせた微生物叢の解析が困難であることから、その原因はわかっていませんでした。本研究の成果は、情報が乏しく、廃水処理技術全体の課題となっているバルキング現象の発生機構の解明やその発生防止技術の開発のための新しい知見を提供します。

今後の予定


フェノール廃水処理の良否にかかわる微生物群のゲノム情報や取得したエンジニアリングデータに基づき、嫌気性廃水処理プロセスの安定的な運転管理技術確立に向けた微生物叢の制御技術の開発を目指します。また、フェノール廃水を効率的に分解し、メタン生成を通してエネルギーを創出する環境調和型の廃水処理プロセスを構築します。

論文情報


掲載誌:Water Research
論文タイトル:Microbiological insights into anaerobic phenol degradation mechanisms and bulking phenomenon in a mesophilic upflow anaerobic sludge blanket reactor in long-term operation
著者:Kyohei Kuroda¶*, Ryota Maeda¶, Futaba Shinshima, Kampachiro Urasaki, Kengo Kubota, Masaru K. Nobu, Taro Q.P. Noguchi, Hisashi Satoh, Masahito Yamauchi, Takashi Narihiro*, Masayoshi Yamada*
¶両著者はこの研究の共同筆頭著者
*これらの著者はこの研究の共同責任著者
DOI:doi.org/10.1016/j.watres.2024.121271

用語解説


バルキング現象
廃水処理反応器の保持汚泥の沈降性が悪化し、反応器外へそのまま流出してしまう現象。その発生機構は完全には解明されていない。好気性の処理システムや製糖系の廃水を処理する嫌気性廃水処理システムでは、糸状性細菌の増加が主な原因であると推定されている。

アーキア
全生物は大きく分けてバクテリア(細菌)、真核生物(ヒトなどを含む動物、植物、真菌など)、アーキア(古細菌)に分類される。アーキアには、高温、強酸性、高塩分濃度などの極限環境で発見されるものや同じアーキアを宿主として生育する非常に小さいものなどが知られている。無酸素環境下において、メタン生成アーキアは水素や二酸化炭素、メタノール、酢酸などからメタンガスを生産可能。嫌気性廃水処理に必要不可欠な微生物である。

未知微生物
機能や姿形が知られていない微生物。環境中の90%以上は培養ができていないという報告もある。

活性汚泥法
産業廃水や都市下水で広く用いられている生物学的処理。一般的に、最初沈殿池で廃水に含まれる固形物を重力沈降させた後、上層の水分を反応槽と呼ばれるタンクに流入させ、エアレーションポンプにより空気をタンク内へ送りこむことで、好気性微生物叢の各種化合物分解活性を利用して廃水に含まれる有機物の分解や窒素成分の除去を行う。その後、最終沈殿池で余剰菌体を重力沈降させて除去し、処理水を河川や海洋へ放流する。余剰菌体の一部は反応槽へ返送され、一部は引き抜かれた後にメタン発酵や焼却により処理される。

バイオ戦略
日本におけるバイオエコノミーの推進に関する方針で、2019年に内閣府の統合イノベーション戦略推進会議により「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現すること」を目標に、持続可能性、循環型社会、健康(ウェルネス)をキーワードに産業界、大学、自治体などの参画も得て推進しているイノベーション戦略(内閣府ウェブサイト https://www8.cao.go.jp/cstp/bio/index.htmlより引用、2023年8月1日)として取りまとめられた。2020年のアップデートののち、2021年にはそのフォローアップ版が策定された。

バイオエコノミー
バイオテクノロジーや再生可能な生物資源などを利活用し、持続的で、再生可能性のある循環型の経済社会を拡大させる概念を指す(内閣府ウェブサイト https://www8.cao.go.jp/cstp/bio/index.htmlより引用、2023年8月1日)。2009年に経済協力開発機構(OECD)が発表した報告書「The Bioeconomy to 2030: designing a policy agenda」によりその概念が広まり、日本におけるバイオ戦略の策定にもつながった。

上昇流嫌気性スラッジブランケット(UASB)
有機物をメタンと二酸化炭素まで分解し、エネルギー源としてのメタンガスを回収できる技術。この反応器は廃水処理システムの一種であり、反応器内に高濃度の嫌気性微生物集塊(汚泥顆粒)を保持させ、下部から流入した廃水を上昇流で処理する。

目、科、種
微生物の分類階級。高次分類から順に、門、綱、目、科、属、種、亜種という分類階級が一般的である。

DPANN群
2013年に提唱された複数の門で構成されるアーキアの分類群。ゲノムや細胞が小さく、本群の多くの微生物が宿主と共生または宿主に寄生して生育していると考えられている。培養された株は非常に少ない。

微生物叢
さまざまな環境に生息する多種多様な微生物の集合体。「マイクロバイオーム」ともいう。

馴養
廃水処理プロセスに使用する汚泥を処理対象となる廃水にさらすことで、汚泥の微生物叢を廃水処理に適した組成に変化させる工程。

ショットガンメタゲノム解析
環境中の複合微生物から抽出したDNAを断片化し、網羅的に解読することで、複合微生物の生態や機能を解析する手法。

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