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【特集】つなぐ人たち~第1回 雑貨店「アプラウド」小路裕子さん~

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 水戸市南町で雑貨店「アプラウド」を営む小路裕子さん。今年6月17日、同店は開店20周年を迎えました。約8.5坪の店内には、県内外60人のハンドメード作家による約3000点の作品が並びます。アクセサリーや陶器、布小物、ガラス作品など、一つ一つに作り手の思いが込められた品々。店名の「アプラウド」には「一つ一つの出会いに拍手を送りたい」という意味(エスペラント語でAplaudo)が込められています。20年間、その名の通り、多くの出会いに支えられてきた小路さんに、これまでの歩みと思いを伺いました。

簿記2級が開いた扉

――雑貨店を始める前は、どんな仕事をされていましたか?

小路:私は隣の千葉県出身です。といっても水戸での暮らしの方が長くなりました。若い頃は旅行業界で働いていて、その後、親族が営む会社の経理を手伝うようになったんです。必要に迫られて苦手な簿記に挑戦し、日商簿記2級を取得したことが、自分の店を開いてみたいと思う原動力の一つになりました。

――千葉から茨城に移住して、最初の水戸の印象は?

小路:最初の印象は、水戸は便利(県庁所在地)で風光明媚(めいび)。歴史があり、茨城弁を使う人と使わない人がくっきり分かれていて面白い!でした。

――雑貨店を開くきっかけは何だったのでしょうか?

小路:簿記検定はその後1級に挑戦し不合格となりますが、その過程で自然と「経営」することに興味が湧きました。ちょうど2005年のことです。当時は手作りのビーズアクセサリーが流行していました。子どもの頃、両親が玩具店を営んでいたこともあって、雑貨店を開くことへのハードルは低めでした。開業資金は、茨城県の無料相談窓口で事業計画書作成のアドバイスを受け、それを水戸市に提出し、一定期間の家賃補助を受けられて、とても助かったのを覚えています。(創業者支援事業、中心市街地活性化事業など)

 2005年、ハンドメード作家に発表の場を提供し、作品の展示と販売をサポートする専門店をオープンしました。周りにプロ顔負けのオリジナル作品を作っている人がいて、そうした方々の潜在的なパワーを顕在化させ、交流の場を作ることが目的でしたが、当初は作家へ直接交渉しても、なかなか理解してもらえず、苦労も多かったといいます。

キャプション:アプラウド外観

「閑に耐える」ということ

 当初はなじみのない委託販売という仕組みへの理解に苦労したという小路さんでしたが、徐々にその仕組みは浸透。現在60人ほどが出品し、ハンドメードアクセサリーから雑貨、衣類まで約3000点が並ぶ店になりました。

――20年間続けてこられた秘訣(ひけつ)は何でしょうか?

小路:継続するに当たって、いろいろなことがあります。そんな中で一番つらいのは、お客さまが来ない時です。忙しさに耐えるより、閑散とした時間に耐える方がこたえます。人間はコミュニケーションを渇望する生き物だ、としみじみ感じます。でもそんな時は、「ここはアプラウド港。今みんな出払っているけれど、必ずまた戻ってくる」と気分を切り替え、気分転換に掃除をしつつ、新たにできることを考えるようにしています。その「切り替え」が一つのポイントかなと思います。

キャプション:キラキラと輝くハンドメード作品

――体力面での工夫もしているとか?

小路:経営して行く中で、メンタル面と同等以上に必要なのは体力だと気づきました。実は元々は体力にあまり自信がありませんでした。地元の「水戸黄門漫遊マラソン」開催を機にフルマラソンに挑戦し始めて約10年になります。マラソンの良いところは、お金がかからず一人でできること。これが体力面の工夫でしょうか。最高の達成感が得られますし、体の回復力や心の弾力が格段に強くなりました。

勝田全国マラソンに参加する小路さん(2024年参加時)

予想を超えた広がり

――2009年には2階にギャラリーをオープンしましたね。

小路:当初はもっとゆったりと作品を飾る場になればと思っていました。12年前、ピアノ講師との出会いがきっかけでギャラリーにピアノが入ることになりました。開店当初には、ギャラリーがコンサート会場になるなんて想像もしていませんでした。アプラウド(1階)には雑貨小物を求める方々、誉りみち(2階)には音楽など体験を求める方々。人にはいろいろな趣味嗜好(しこう)があって、そこが面白いと思います。

 当初の想定を超える広がりを見せてくれて、「うれしい誤算」だったという小路さん。コンサートや朗読会、展示会のほか、ピアノ教室や展示販売をしている作家のワークショップも開催される場所になりました。

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震災で問い直した意味

――東日本大震災の時、悩んだことがあったそうですね。

小路:震災で大変な状況となり、果たして作家さんの作る「ぜいたく品」を売ることに意味があるのか、実は悩んだ時期があります。その後、縁があって契約農家さんの米の販売が始まり、米という生活必需品を扱うようになってやっと気づきました。豊かな暮らしを送るために生活必需品だけでは心が渇いてしまう。嗜好品も取り入れられて、人は喜びを得られるつまり、双方のバランスが大切ということです。もちろん、平和で安定した日常があってこそですが…。

コロナ禍で見えた「つながりの力」

――20年間で最も印象に残っている出来事を教えてください。

小路:特に心に残っているのは、コロナ禍での出来事です。当時、商売人の端くれとして、需要があるのに売るものがないのは本当に悔しかった。多くの作家さんが布マスクを制作して提供してくれました。新たに出会った方々も次々と手作りマスクを作って協力してくれて、何とか乗り切ることができました。紙マスクが不足していた頃の話で、不謹慎かもしれませんが、まるでイベントのような日々でした。

 2020年春、新型コロナウイルスの感染拡大により全国的にマスクが不足した時期、ハンドメード作家数十人が協力。立体マスク、ギャザーマスク、プリーツマスク、シンプルマスクなどさまざまなタイプを製作しました。縫製工場勤務のOGや13年以上マスクを作っている作家も参加し、毎日数回の入荷で最低10枚は店頭に並ぶようにしていたという小路さん。最終的に、紙マスクが店頭から消えた約3カ月間に、アプラウドでは手作りの布マスク約6000枚を必要な方に届けることができました。危機的状況の最中でしたが、新しいつながりが生まれた瞬間でした。

コロナ禍に作家らが作った布マスク(写真提供=アプラウド)

世界の広さが教えてくれたこと

――今の活動にも影響している過去の経験はありますか?

小路:若い頃、ワーキングホリデーで、約1年間カナダで生活していました。1993年にドミニカ共和国を訪れた際には衝撃を受けました。最貧国の一つで、長い戦争も経験していた国です。でも現地の人の家に招かれた時、家族は貧しいけれど日本人にはない輝くものがあると感じました。世界の広さを実感した出来事でした。

――3年前に始めたチャリティー活動について教えてください。

小路:発展途上国の支援に長く就いていた、ある尊敬する人の言葉の中の、「身体は地域化して、心は地球化しよう」というフレーズに触発され、3年前から、アプラウドは「読み終えた本」を皆さまから無償で提供していただき、その書籍の売り上げを、国内外の紛争地や被災地に寄付するというチャリティーをしています。「本好きさんの輪」も広がりますしね。まだ見ぬ土地にも、その土地土地の時間が必ず刻まれている、その事を小さな店にいながら想像します。「つながっていると思えば、やさしくできる」という言葉も、プレシャスワードの一つです。

――ひとり親家庭支援も始めたそうですね。

2020年10月に、ひとり親家庭向けの支援企画「Sasae Ai」を始めました。契約農家の協力を得て、米を母子会さんに配布したり、シングルマザーに特価で分けたりしています。これができるのは日頃米を購入してくださるお客さまがいるからこそ。ありがたいです。

 店には、育児の合間に作品作りをするママ作家や、40年、50年と、創作活動を楽しんでいるベテランの作家さんなど、顔ぶれもさまざま。お客さま同士で意見を出し合い、時にはアイデアが作品づくりにリアルに生かされることもあります。

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「片手に感性、もう片手にはそろばん」

――長く続けるコツを教えてください。

小路:20年を振り返り、店を長く続けるコツ的なことは、「片手に感性、もう片手にはそろばん」に例えられそうです。そろばんは簿記のことです。感性は「あえて、こだわりを捨てること」を、特に若い人たちにお勧めします。自分の信念を取り払って、周囲の感性を取り入れることは簡単なことではないかもしれません。でも自分の好きなものだけ集めると、早く飽きられてしまうのも、私の数多くの失敗が物語っていることの一つなのです。(必ずしもそうとは言えませんが…)

 スランプに陥った時、身近な知人でも家族でも、自分の味方をしてくれる人に、心の中のことを聞いてもらって、散らかった気持ちを収めるのもありです。決断と責任はあくまで自分にあるのですが…。座右の銘は、シンプルゆえに響く言葉で、松下幸之助さんの「素直の十段になろう!」です。素直になれれば、感動の幅もポテンシャルもぐんと広がりを見せますよね。

20年来の友人である難病の筋ジストロフィーの画家・辻友紀子さんと

――店にいるとき、大切にしていることはありますか?

小路:そうですね。目の前のお客さまには常に新しく最高の私で接していけるよう全力で心がけることです。お客さまの心を読むことは難しいですが、気分よく帰ってほしいので、そのために、自分自身の気持ちにムラがでないよう、努めています。とても偉そうに言いましたが、この事は難しく失敗も限りないので、その分やりがいがあります。

これからも「つなぐ」場所として

――20年間で作家さんやお客さまに変化はありましたか?

小路:20年間に私も年を重ねて変化して来ているせいかお客さんの風潮の変化はあまり感じとれないのですが、通販サイトが登場して以降、購入者側の選択肢がぐっと広がっているのを感じます。また最近の夏の酷暑で、街をぶらぶら歩く機会が減っている印象があるので、気軽に立ち寄っていただける「店づくり」をもう一度見直さないといけません。どなたかアイデアをお願いします(笑)。受け継がれてきた伝統、手仕事、針仕事など、創作の喜びを新しい世代に伝え、作家とお客様との交流が生み出せるような場を作ってみたいと思います。絶やしたくない技術がありますね。

――地域とのつながりで大切にしていることはありますか?

小路:人口減で、どこも自然淘汰(とうた)される悲しみがありますが、まだまだ水戸は人が集まる場所で地の利があると思います。若い人がチャレンジしやすい環境が大切です。個店同士、積極的に情報交換して、スタンプラリーなどの身近なイベントもやりたいですね。

――今後の夢や目標を聞かせてください。

小路:これから挑戦したい夢や目標は、シンプルになりますが、なるべく長く、店を続けていく事です。最近うれしかったのは「アプラウドは人の宝庫だよ」と言われたこと。ここで出会う人同士は誰も上下関係がなく平らかな場所なのです。人の手の中から生み出された作品を、まだ見ぬ人につなぐことは、感動もひとしおです。個人店ゆえのフットワークで、自由を謳歌(おうか)しつつ(笑)、周りの一人一人に感謝することを忘れずにいたいです。

支援米を手にする小路さん

 千葉から茨城。旅行業界から経理。そして雑貨店店主へ。一見バラバラに見える経験が、全て今の「アプラウド」へとつながりました。学生から3世代まで幅広い客層が訪れ、客同士や作家同士が自然につながっていく場所。20年前の自分に会えて声をかけるとしたら、「ま、よくやった!」ですね(笑)。と笑う小路さんの営むアプラウドから、今日も大きな輪が広がり続けています。

(聞き手・高木真矢子、加藤史織)

Information

カジュアルギャラリー・アプラウド (Aplaudo)

〒310-0021 茨城県水戸市南町3丁目4−38

https://aplaudo.hatenablog.com/

次回イベント・展示会情報

水彩の風景画家・亀井則道さん個展&2026年卓上カレンダー受注販売会
期間:11/12(水)から12/29(月)

難病の筋ジストロフィーの画家・辻友紀子さんオリジナル卓上カレンダーアプラウド限定販売
期間:11/12(水)から12/29(月)

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