新型コロナウイルスにより、さまざまな業界に経済的影響が続く中、変革の機会として捉え、社員総出で新しい取り組みを進める地域企業がある。水戸市の老舗酒造メーカー「明利酒類」。江戸時代から続く酒造が踏み切った除菌アルコール製剤「MEIRIの除菌 MM-65」の開発までの経緯を聞いた。
「日本酒、梅酒、焼酎、いずれも売り上げが厳しい。半分以下になっている銘柄もある」
ゴールデンウイーク明けの5月8日、明利酒類の加藤高蔵社長は苦しい現状を明かした。明利酒類は江戸末期に水戸市で創業した老舗酒造メーカー。清酒、焼酎、リキュール類、発酵調味料などを製造販売している。
新型コロナウイルス感染症の影響により、水戸の春の風物詩「水戸の梅まつり」をはじめ、イベントの中止が相次ぎ、観光客向け商品の販売の見通しが立たなかった。
「水戸の梅まつり」の主要イベントをはじめ、中止が相次いだ
当初、楽観視する声もあった国内でも、徐々に感染者数が拡大。次第に、教育機関や飲食店、第一線である医療現場からも消毒や除菌液の不足を訴える声が上がっていた。
3月上旬、各地で打撃が広がる中、高蔵社長や社員らは立て直しを模索する中で一筋の光を見た。
「感染流行が日本より早かった海外ではアルコールメーカーが消毒液を製造している」(※1)。
その日から、明利酒類の挑戦は始まった。
水戸の明利酒類が度数65%の高濃度ウオッカ販売 「酒造メーカーだからできることを」(2020/4/7)
3月13日、県内で初めて市販の手指の消毒液として使用可能な(※2)度数65%の高濃度ウオッカ「メイリの65%」の販売を開始。
「飲用商品だが、市販の手指の消毒液に成分が近い」
商品説明に、一分を表記した。
明利酒類には医薬品の製造許可がなく、効能をうたうと医薬品医療機器法に触れる恐れがあったためだ。消毒液が全国的に不足、メディア露出やSNSでの拡散もあり、全国から多数注文が入った。
メイリの65%
「これまでのあり方も、酒造としてのビジネスも変わっていく」
高蔵社長をはじめ、市場調査を進める「チームMEIRI」のコアメンバー・食品販売部の山中隆央さん、三ツ井和義さん、都内から戻っていた高蔵社長の次男・喬大さんらの感覚は確信に変わった。この時期、「メイリの65%」の出荷の裏で、継続して開発を進めている商品があった。「MEIRIの除菌 MM-65」、明利酒類がデザインも一新して挑む、新しいアルコール事業だ。
ここまでに大きな障壁はいくつもあった。明利酒類には、消防法をクリアできる高さの建屋はない。
製造ラインを持つメーカーとの交渉、さまざまな見識者からも話を聞き、連日海外の情報や論文などを読み漁った。ある日、糸口を見つけた。
「食品添加物としての製造なら会社でクリアできる」
4月中旬、経済産業省から工業用アルコール取り扱い認可を受け、開発は一気に加速した。
同じ頃、「I&CO Tokyo」(※3)のデザイナー・橋本明花さんに連絡が入った。かつて広告代理店で共に働いていた喬大さんからだった。
「これまで地域の中で共に成長してきた会社として、新たな明利の一歩に力を貸してほしい」
「歴史ある企業としての思いも、必要とされている商品をつくり新たな歴史を踏み出そうとしている思いも感じて、私も一緒に作り上げるという使命感が生まれた」橋本さんは振り返る。
デザインは3週間ほどで決まった。
橋本さんが思いを込めたデザイン
「除菌」の「菌」の部分には、菌を弾き飛ばすイメージをデザインに落とし込んだ。
「このアルコール除菌液で地域の人を守るんだ」強い思いを込めた。
これまでローマ字での展開をしていなかった社名も「MEIRI」とローマ字で表した。
「新しい商品でありながらも、地元の人が分かるようにした」と橋本さん。
余白を生かした、シンプルなタイポグラフィには、これまでの明利酒類にとって大切な商品に使われてきたという判子印を添えた。
「歴史のある判子の印と共に、新たな明利酒類に踏み出していくビジョンを分かりやすく、親しみのある形で具現化して、明るい印象を与えたかった」
いくつかのデザイン候補があったが、満場一致で決まった。
「これから『MM-65』が教育機関や飲食店、高齢者施設など地域の皆さんの中に浸透していくんだという誇りを感じた」橋本さんも向く先も、明利酒類と同じだった。
「MEIRIの除菌 MM-65」15キロ容量(2020年5月販売開始)
「変わらなきゃいけないという雰囲気はあったが、『MM-65』で社内の空気も変わった。この新しいブランドラインは次のインフラとも呼べるような必要不可欠なものになっていける。会社にとっても大きな一歩だ」山中さんは熱く語る。非常事態の中、橋本さん含む「チームMEIRI」の気持ちは一つだった。
「食品添加物に舵を切れたのは大きかった。地域の新しいアルコール需要に応えて行く」と高蔵社長。「朝令暮改でいい」。朝礼で、全社員に伝えた。
「全てが初めての取り組み。より効力を高める副材の研究や法令をクリアするための手順を進めた」三ツ井さんは振り返る。
「『メイリの65%』で次のニーズが見えたのは大きかった。包括的に同じビジョンを持っていたからこそ、このスピード感で進めることができた」喬大さんは興奮気味に語る。
5月8日、商品を正式に発表。会社の目の前にある中学校への無償提供も行った。
水戸「明利酒類」が市立中学校にアルコール製剤寄付 教育関連施設の除菌に(2020/5/8)
「ただただ、使命感しかなかった。50周年で高蔵社長が口にしていた『地域でなくてはならない会社にならなければ…』が頭の中でリフレインしていた」と、山中さんは振り帰る。
「アルコールを持っている企業が県内でも少ない。できる人たちが社会貢献をしなければという気持ちだった」三ツ井さんも続ける。
喬大さんは「コロナをきっかけに、これから生活の豊かさは性質の違うものになっていく」と見解を示し、「新しいMEIRIの立ち上げに関わった一人として、作った思いを大事に持ち続けたい」と意欲を見せる。
山中さんは「社会的にどうしたらいいのか、どうしたら地域の皆さまに還元していけるのかを考えながら進めていく」と先を見据える。
高蔵社長は「大変な時のアイデアが製品として形になった。若手社員がチームでエネルギッシュにスピード感を持って進めてくれたので感謝している。企業も変わっていかなければ」と語を強める。
「MM-65」は、主成分がエタノールで、エタノールの作用を強める副材を含んだ食品添加物。
5月中、同商品を水戸市とひたちなか市内の教育機関中心に提供する予定で、6月以降は地域のパートナー企業を通じ、定期配達などの方法で一般向け販売開始を目指す。
苦境に立たされる中、新たな事業に舵を切り、未来を切り開く。コロナとの共生が叫ばれる今、明利酒類の挑戦は続く。
明利酒類(http://www.meirishurui.com/)
茨城県水戸市の老舗酒造メーカー。江戸時代末期の安政年間に現在地で創業した加藤酒造店が前身。現在は総合種類メーカーとして、清酒、焼酎、リキュール、発酵調味料などを全国に販売している。
(企画・取材:水戸経済新聞・高木真矢子)